多発性嚢胞腎が原疾患で透析に入って25年です。

by マーゴ

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政治的にはどうあれ、
President Bushは類い稀なユーモアセンスに溢れていた。
ブッシュさんのユーモア溢れる写真を公表していた
ブログが終了しましたが、
いまだ、見ることができます。
どうぞ、溯って見て下さい。
ジョージのブログ(←クリックして)
ブッシュさんだけでなく、パートナーのライスさんの写真もあります。
オバマ夫人のファッションセンスが良いともてはやされていますが、
私はライスさんに軍配をあげたいです。

アメリカがチョー大変なときに、
チョー大変だからオバマ大統領が誕生したのでしょうけれど、
大丈夫なのか?
パウエル→ライス→オバマと黒人が登り詰めました。
アメリカという国には、やはりドリームがあるのでしょうか?
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-28 20:23 | etc.etc. | Comments(4)
この言葉の発言者を失念してしまいました。
名古屋のどこかの病院の透析施設の透析医の方です。
文章の最後に記していました。
これを読んだとき、涙がポロポロと落ちました。

透析しなければ生きていけないことは、しっかりと認識して、
同じ透析するなら、できるだけ合併症を遠ざけて、
元気で、楽しく生きられるような努力をしようと
覚悟をして透析を続けてきたのだけれど。
それなりに大層辛いことが多かったから、
涙が出るのだと悟りました。

こんな優しい言葉をかけて下さるドクターが、いらした !
透析者の苦しみ、苦悩を全て受け入れて下さっている。
透析者が透析を受けているだけでは、元気は持続しない。
透析をしていない時間に、
健康な人には解らない努力をしなければならない。

透析者が元気でいるということは、
大変素晴らしいことだと言ってもらったように受け取っております。
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-25 19:02 | 透析 | Comments(4)

横尾忠則の隠居宣言

たまたま、TVのチャンネルを移動していたら、
「知るを楽しむ」の再放送で横尾忠則が出ていた。
4回放送分の3回目と4回目を観た。

かって横尾忠則と宇野亜喜良はグラフィックデザイナー、
イラストレーターとして一世風靡していた。

横尾忠則は宣言することが好きなようで、
グラフィックデザイナーを辞めて、画家になる宣言をしていた。
そして、どんな絵を描くのかに注目していたら
子供に絵を教えている映像がTVに写し出されていたのを
見たとき、なんか安直な気がして、そのまま長い間
消息を知らなかった。

いつかY字路を描いているようなことを言っていたような。

現在、72歳で70歳のとき、隠居宣言をしたのだと。
で、TVの「知るを楽しむ」では
グラフィックデザイナーを辞める発言をした途端に
仕事の依頼が全然なくなった、と。
当然と言えば当然な話ですが。
しかし、絵は全然描けなかったそうです。
何を描いたら良いのか、解らなかったのだとのこと。
画家と言うのは、哲学がないと絵が描けないのだそうです。

コピーライターと作家も同じことなのかもしれない。

画家になる宣言したものの、
何年も絵が描けなくて苦しんだそうです。

あるとき、兵庫県西脇市に帰郷して
昔あった大好きな模型屋のあった場所が、
丁度、Y字路のYの字の角ッコにあったそうで、
いまは、もうなくなっているけれど、
横尾忠則には、強烈な印象を与えた。
そのY字路が横尾忠則の絵のテーマになったそうです。
全国のY字路を見て歩いて、描いているそうですが、
単なる写生ではなく、横尾忠則のY字路で、
Y字路の奥にはローマの街が描かれていたりするのです。

画家が何を想い、何を感じて絵を描いたいのか、解りません。
でも、今を生きている、画家の横尾忠則は
自己顕示欲の強い人だから、画家としての生き方を余すことなく
伝えようとしています。
70歳で隠居宣言をしたのですが、
隠居と言うのは、
肉体に素直になること。
つまり、精神は捨てるのだそうです。
精神は、痛くても、痛くないと言ってしまうけれど、
70歳になったのだから、もう、肉体が嫌だと言っているときは
嫌なことはしないのだそうです。
次には、少年の心になること。

と、いうことで、現在は、
公開paintingを精力的に取組んでいます。
曰く、考えて描く絵はろくなものができない。
公開paintingでは、後ろで見ている人達が何を描くのだろうか、とか、
色んな思いが、矢のように背中に突き刺さってくる。
兎に角、手が何かを描かなければならない。
もう、後ろで見ている人の思いで、
手が勝手に動いてしまうところまで行ってしまう、と。
緊張感で絵がどんどん描けるのだそうです。
頭は何にも考えてないそうです。
そう言えば、棟方志功も、手が勝手に描くんですよと、
絵を描きながら、言ってたなぁ。

私の場合も、現役のコピーライターで滅茶苦茶仕事していたとき、
文字が勝手に鉛筆の先から出てくるような
感覚になっていたときがあったなあ。

横尾忠則は、
名付けてPublic Costume-Play Performance Paintig(PCPPP)
そのときどきにいろんなコスプレをして
公開paintingをしているそうです。

絵は完成するかどうかは解らない。
未完のまま完成ということもあるそうです。
描いた後は、見物人とのやりとりもあります。
面白そうですね。

ところで、同時代に活躍していた宇野亜喜良は
挿し絵画家になってました。
オスカー・ワイルドの「サロメ」の挿し絵は
ヴィアズレーが有名ですが、宇野亜喜良も描いていました。
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↑ヴィアズレー
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↑宇野亜喜良

私は、日夏耿之介訳・ヴィアズレー挿画の「サロメ」を
昔、ウチにいた若いデザイナーに借りて読みました。
それまでに読んでいた現代口語訳の「サロメ」とは大違いで
日夏耿之介訳のほうが「サロメ」らしく、
ヴィアズレーの絵もぴったり。
でも、絶版で、古本屋巡りしても入手できませんでした。

そうそう、今日は私の誕生日。
1人で、Happy Birthdayを歌って、
ケーキを1/3ほど食べて、残りは同居人に。
太るから控え目に。。。。。。
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-21 22:47 | etc.etc. | Comments(11)

アリシアさんへの返信

エントリーをたてるのは、ちと大袈裟でありますが。
「続続・透析とバレエと馬と」というタイトルなのに
バレエの記事を書いていなかった。
HP(透析とバレエと馬と)にはバレエの記事は多少はありますが。
バレエから遠ざかったのは、田舎にすっこんでから。
「ダンスマガジン」も「バレエの本」などの雑誌を買いに行くのが
不便になってしまったのだ。
おまけに、ダンスのレッスンスタジオも気に入ったところがない。
没入型の人間だから、20年近く明けても暮れても
バレエ、バレエの時代もあるにはあったのですが。

バレエに反応して下さったのは
アリシアさんで5人目です。
大変有難く御礼申し上げます。

これを機会に
記憶の底に沈んでいた
バレエの記憶を紐解いてみるのも、
頭の体操になって良いかも。
最近、頭のメモリー機能が日々破壊されつつあるので、
破壊されてしまうまでに、
私のバレエ体験を記しておきたいと、
考えました。

バレエに没入するきっかけは
教育TVのマヤ・プリセツカヤと京舞の先代井上八千代の対談だ。
プリセツカヤが「瀕死の白鳥」を踊り、
井上八千代が京舞「雪」を舞った。
その頃、日本の古典芸能である、
「お能」と「地唄舞い(上方舞ともいう)」に興味をもって、
能楽師や地歌舞の師匠というのかな?
芸術祭賞を貰った舞手とおつき合いしていた。
地唄舞は上方舞といって京舞と区別されていたが、
音曲は同じだ。
京舞は舞妓さんや芸妓さんのもので、
普通の人が舞う上方舞とは区別されている。
ピーターのお父さんは、吉村雄輝で、
上方舞吉村流の家元だった。
上方舞で井上八千代さんに匹敵するほど有名だったのは
東京で料亭をしていた
武原はんさん。
この人の立ち姿は、殊の外美しかった。
文人や画家や各方面の方々に愛されていたようだ。
私はお能や上方舞を何度観ても、
お能の幽玄さも上方舞の情趣も理解できなかった。
話が、お能も上方舞も恨めしいものばかりで
楽しいものが無いのが気に入らなかった。
芸術として鑑賞できなかった。
ところが、プリセツカヤの「瀕死の白鳥」には魅了されてしまった。
腕の動き、あれは、どないなってんねん。
骨が無いんか?
と、思わせる動き。そして、音楽も素敵。
本屋に駆け込んでプリセツカヤの本を物色していたら
写真集「フォンテーンとヌレーエフ」愛の名場面集が目に飛び込んできた。
写真でフレーエフに魅了され、ビデオ、レーザーディスクの蒐集に走った。
もちろん、海外の一流バレエ団の公演には、
フェスティバルホールの最前席を確保して殆どの公演を観てました。
身体の不都合で、バレエを習うこと等考えもしませんでしたが、
不都合が解消されて、バレエのレッスンが可能になったとき
そらもう、なんも考えずにバレエスタジオに飛び込んでました。
私が通っていたスタジオの教師は、
東京バレエ団の創設期に団員だった人で、
佐々木忠次氏と親しかったので、
スタジオが、
NBS財団法人日本舞台芸術振興会が主催する公演の
練習場になってました。
1997年ロイヤルバレエ団の御一行様が
レッスンに集まってました。
教師がレッスン生の私にだけ内緒で、
スケジュールを教えてくれてはりました。
ギエム、その頃の相手役ジョナサン・コープ、
ダーシー・バッセル、ブルース・サンソム、
熊川哲也、佐々木陽平
アンソニー・ダウエル芸術監督他大勢。

50人余りの団員全員がレッスンしている様子は凄かった。
シャッシャッとバレエシューズが床をこする音が響いていた。
熊川は、まだ若かったのか、レッスンに集中してないのが見て取れた。
ジョナサン・コープとギエムの練習は熱心。
特に両足をビアノの椅子に載せての腹筋を何度も繰り替えしていた。
アンソニー・ダウエルが若いダンサーに、
手を繋いで一緒に踊っていたのが印象的だった。
ギエムと熊川とダウエルと少しお話できた。
熊川は煙草するんだわ。ほかの誰もしてないのに。
これにはびつくり。
ダンサーは呼吸が苦しくなるから
煙草はしないと聞いていたのだけれど。

グダグダと続けていても仕方ないので、
マラーホフについて。
マラーホフを最初に観たのは、
初めて日本デビューしたときのTV映像です。

ヌレーエフは既に亡くなってましたかね。
亡くなる前に、50歳誕生日のガラ公演を
フランスでは、ジスカールデスタン大統領夫人主催。
アメリカではレーガン大統領のナンシー夫人主催。
日本は、なんとしたことか、佐川急便の後援(?主催)で全国を廻った。
大阪と金沢で観ました。
シャルル・ジュド、マリ・クロード・ピエトラガラ他を連れていました。
フレーエフのお尻が・・・・あの美しかったお尻が。

ローラン・イレールが、ヌレーエフに少し似ていた。
マラーホフもどこかフレーエフを彷佛させるところがあったような。

篠山 紀信が撮影したマラーホフの肢体と筋肉の美しさを
余すところなく撮影した写真集があります。
これも私の宝物です。
マラーホフの舞台もいろいろ観ました。
なかなか相手役に恵まれないように感じてましたが、
ウィーンを離れてキュートな相手役を見つけていたのを記憶してます。
名前は失念しました。

ウイーンフィルのニューイヤーコンサートにつきましては、
バレエ体験より、もっと前から観ていた記憶があります。
カラヤンが指揮していたのを憶えています。
いつ頃か、ドイツ語と日本語のエンデイングクレジットを見るようになり
バレエの項では、出演ダンサーはウイーン国立バレエ団の
文字が出ています。
振付家はフォーサイスのときもありましたから、
世界の振付家が振付けをしているのだと思います。
今年は、衛星中継をちょん切ったのかクレジットは日本側だけでした。
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-04 19:47 | バレエ | Comments(20)
ニューイヤーコンサートをTV観賞なければ、
私のお正月はこないといっても過言ではない、
ということで、今年のニューイヤーコンサート。
指揮者 ダニエル・バレンボイム

イスラエル国籍。現在ガザ地区が大変なことになっているので、
バレンボイムに遠慮したのか?
ちょっと地味目で華やかさを欠いた演出のように感じたのは
私の取り越し苦労?

バレンボイムさんは、お顔が童顔なので、
深刻な顔をされないし、表情が豊かで、
指揮振りも思い入れたっぷりで、楽しい。

お待ちかねのバレエタイムでは、
ウラジミール・マラーホフが出た。
ここのところ、ウィーン国立バレエ団を離れていて
出演がなかった。復帰したんだろな。
今年はバレエの振付けをして、自らも踊っていた。
珍しいことに、天使に扮した子供ダンサー3ペアが踊った。

ニューイヤーコンサートでは、
「美しき青きドナウ」「ラデツキー行進曲」は、
はずせない(赤い文字をクリックすると曲が流れます)。
今年は、アンコールで2曲が続けて演奏された。
満足♪、満足♪、どした。
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-02 17:31 | お正月 | Comments(2)

あけおめ ことよろ

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年末はNHKの紅白を見ることはなくなり、
東京テレビ系の、「東急ジルベスターコンサート」の
オーケストラとバレエでのカウントダウンをみるようになった。
TV中継が始まる前には、あの泰葉のインチキレスリングなどを
放映していて興醒めではありましたが。
オーケストラ指揮 井上道義
ヴァイオリン演奏 古沢 巌
バレエソリスト  上野水香(東京バレエ団) 
ピアノ演奏    小曽根真     

くるみ割り人形をアイススケーターの荒川静香が滑りました。
ラプソディ・イン・ブルーでオケとバレエがカウントダウン。
私の目的の一番は、バレエです。
昨年は草刈民代でした。
最近はバレエの消息に遠ざかっていますので、
上野水香を知りませんでした。
草刈民代より上野水香のほうが
インターナショナルなバレリーナです。
出てきたとき、バレリーナとしての姿かたちが
日本人離れしているのが衝撃的でした。
調べてみると、ローラン・プテイ振付けの
「ノートルダム・ド・パリ」の「エスメラルダ」を
踊っているではありませんか!
それから、マラーホフの相手役もしている。
マラーホフは故ルドルフ・ヌレーエフの次に好きなダンサーです。
上野水香はお喋りすると大変コケティシュな珍しいダンサーです。
バレエはフィギュアスケートのようにTVでは放映しません。
スケートのほうがメジャーになってきています。
私は、廻転とジャンプだけ(少しオーバー)のスケートより
バレエのほうが好きです。

終盤では、
ツィゴイネルワイゼンのバイオリン演奏に合わせて
荒川静香がスケートを滑りました。

今年のフィギュアスケート界は男女共に活躍が期待される
スケーターがいて、日本選手が世界の潮流になるのでしょう。
凄いことですね。
いつまで、続くのでしょうか?
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-02 16:38 | お正月 | Comments(9)