多発性嚢胞腎が原疾患で透析に入って25年です。

by マーゴ

カテゴリ:バレエ( 4 )

野田政権には、最初から興味はない。
小沢前幹事長の3人の秘書は有罪になるわ。
上関市長選では原発推進派の市長が当選するわ。
日本が破滅の道を辿っているのに、絶望の突き当たりで
もう無気力になってしまう。

ディアゴスティーという会社は、いろんなものをシリーズで
販売している。ついにバレエのシリーズを手がけてくれた。
隔週でDVDを50枚販売する予定らしい。
9月は「白鳥の湖」と「クルミ割り人形」の2枚。
これで、バレエの美の世界に浸れると云うか逃避できる。

バレエのレッスンしていた頃「白鳥の湖」の四羽の白鳥が踊りたくて
バレエ教師にレッスンして欲しいと頼んだことがある。
身の程知らずとはこのことで、殆どできない。様にならなかった。
四羽の鶏(?)にもなれなかった。
教師もあきれたのか、2回ほどで中止になった。

それでも、今でも踊りたかったなぁの気持ちは残っている。

50枚のDVDにはどんな演目が入っているのだろう?
楽しみではあるけれど、どうでもいいものも混じっていそうな気がする。
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by noblesse_oblige7 | 2011-09-28 15:34 | バレエ | Comments(0)
バレエ映画だけは観ることにしている。

「ブラック・スワン」はバレエ映画とはとても言えない映画だった。
アカデミー主演女優賞を取った女優が主演の映画。
「スワンレイク」の白鳥と黒鳥を踊らなければならないのだが、
白鳥を踊るには文句無いけれど、黒鳥を踊るには
妖婉さが不足していると、舞台監督に指摘され、
いろいろ工夫が必要になって、元々精神障害のある主人公が
一層精神障害が増幅していく、サイコサスペンス。
気持ち悪いの極限な映画だった。

「ダンシンク・チャップリン」のクレジット
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監督・構成は草刈民代と結婚した周防正行氏。
ルイジ・ボニーノはヌレーエフの次に好きなダンサー。
ローラン・プティ率いるバレエ団のジジ・ジャメールが現役の頃の
日本公演を大阪で観たことがある。
もちろん、ルイジ・ボニーノも一緒だった。

映画は、2部構成になっていて、
1部では、映画の準備状況のドキュメンタリー。
この中に、ローラン・プティがチャップリンと過ごしたとき
毎晩演じてくれたという「パンとフォーク」使っての
Table Balletが披露されていた。
12回も観たといっていたような・・・・
素敵な技というほかありません。
チャップリンの表情がたまらなく愛しくて、何回も観てしまいます。
youtubeで探したらありました♪
youtubeってありがたい♪♪♪
http://youtu.be/xoKbDNY0Zwg



2部では、チャップリンの映画を抜粋してバレエにしています。
元々、ブティがチャップリンをバレエにしたものを下敷きにしたものです。
上のTable Balletはアレンジされて「小さなトゥ・シューズ」になっています。
d0107378_1535384.jpg


手に古びたトゥ・シュースをはめて、首にチュチュを巻いて演じています。
バレエシーンはすべてプロダンサーが踊っていますから
バレエ映画を観たという満足感と幸福感に満ち満ちた映画でした。

私は、かってチャップリンを嫌いでした。
哀感を帯びたところや、わざとらしさにあざとさを
感じていた時代があったのです。
現在は一切そんな感情は霧散してしまいましたが。。。。

草刈民代さんにつきましては、
新人賞をもらった人たちを一堂に集めてのバレエ公演を観たとき
素顔は美しいのに、バレエ化粧は憂い顔になっていて、
なんだか違和感を禁じえなかったのを覚えています。
ダンシング・チャップリンでは、美しさが一層映える化粧で、
美しいバレエダンサーに見えて、大層良かったです。
プティのお洒落な振り付けに釘付けになったことでした。
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by noblesse_oblige7 | 2011-06-12 14:54 | バレエ | Comments(0)

突然、バレエ☆★♪



大阪で会社をつぶして、泣く泣く倉敷に越してきて以来、
バレエを観に行くことがなくなり、
大阪時代に集めた、バレエのビデオ・レーザーデイスクも観る気も起こらず
虚しい日々を過ごしていました。
と、ヨーツベ、否YouTubeで、
大好きだったRudolf Nureyev&Margot Fonteynの
Le Corsaire「海賊」をみつけました。
Nureyevの画像が山とあるではありませんか?
倉敷に来て、無聊を慰めるためにHPを立ち上げた頃は
Nureyevの画像など探しても皆無で、悲しい思いをしたものですが、
動画を含め取り放題(?)なんて、昔日の感の大感激です。
PCの前で、長閑にバレエを鑑賞できるなんて、素晴らしい。

Nureyevはエイズに罹って、1993年53歳で亡くなっています。
50歳の誕生日を記念して、イギリス・フランス・アメリカと
ガラコンサートを開催して、日本にも来ました。
なぜか、佐川急便が後援してました。
すでに、Fonteynも亡くなっていました。
マリー・ピエトラルガさんやシャルル・ジュドさん他を連れて
日本の主要箇所を公演してました。
さすがに、Nureyevのあの美しかった姿態は、ちと崩れてましたが
大阪公演と金沢公演を観ました。
全国ついて回ろうかと考えたくらいです。
いろいろスケジュールが合わず、わずか2公演。

マーゴのHNは、恐れ多くもNureyevの10年間ゴールデンコンビを組んでいた
バレエ史に残るMargot Fonteynから拝借したものです。

ノーブルでエレガントの代名詞のようなバレリーナMargot Fonteyn。

Rudolf Nureyev&Margot Fonteynのコンビで踊った
ジゼル・白鳥の湖・眠りの森の美女・ロミオとジュリエット.etc.etc.が
動画で観られる。
画面が横長でバランスがよくないけれど、
気楽に観られるのがいいかな。
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by noblesse_oblige7 | 2010-12-12 17:36 | バレエ | Comments(0)

アリシアさんへの返信

エントリーをたてるのは、ちと大袈裟でありますが。
「続続・透析とバレエと馬と」というタイトルなのに
バレエの記事を書いていなかった。
HP(透析とバレエと馬と)にはバレエの記事は多少はありますが。
バレエから遠ざかったのは、田舎にすっこんでから。
「ダンスマガジン」も「バレエの本」などの雑誌を買いに行くのが
不便になってしまったのだ。
おまけに、ダンスのレッスンスタジオも気に入ったところがない。
没入型の人間だから、20年近く明けても暮れても
バレエ、バレエの時代もあるにはあったのですが。

バレエに反応して下さったのは
アリシアさんで5人目です。
大変有難く御礼申し上げます。

これを機会に
記憶の底に沈んでいた
バレエの記憶を紐解いてみるのも、
頭の体操になって良いかも。
最近、頭のメモリー機能が日々破壊されつつあるので、
破壊されてしまうまでに、
私のバレエ体験を記しておきたいと、
考えました。

バレエに没入するきっかけは
教育TVのマヤ・プリセツカヤと京舞の先代井上八千代の対談だ。
プリセツカヤが「瀕死の白鳥」を踊り、
井上八千代が京舞「雪」を舞った。
その頃、日本の古典芸能である、
「お能」と「地唄舞い(上方舞ともいう)」に興味をもって、
能楽師や地歌舞の師匠というのかな?
芸術祭賞を貰った舞手とおつき合いしていた。
地唄舞は上方舞といって京舞と区別されていたが、
音曲は同じだ。
京舞は舞妓さんや芸妓さんのもので、
普通の人が舞う上方舞とは区別されている。
ピーターのお父さんは、吉村雄輝で、
上方舞吉村流の家元だった。
上方舞で井上八千代さんに匹敵するほど有名だったのは
東京で料亭をしていた
武原はんさん。
この人の立ち姿は、殊の外美しかった。
文人や画家や各方面の方々に愛されていたようだ。
私はお能や上方舞を何度観ても、
お能の幽玄さも上方舞の情趣も理解できなかった。
話が、お能も上方舞も恨めしいものばかりで
楽しいものが無いのが気に入らなかった。
芸術として鑑賞できなかった。
ところが、プリセツカヤの「瀕死の白鳥」には魅了されてしまった。
腕の動き、あれは、どないなってんねん。
骨が無いんか?
と、思わせる動き。そして、音楽も素敵。
本屋に駆け込んでプリセツカヤの本を物色していたら
写真集「フォンテーンとヌレーエフ」愛の名場面集が目に飛び込んできた。
写真でフレーエフに魅了され、ビデオ、レーザーディスクの蒐集に走った。
もちろん、海外の一流バレエ団の公演には、
フェスティバルホールの最前席を確保して殆どの公演を観てました。
身体の不都合で、バレエを習うこと等考えもしませんでしたが、
不都合が解消されて、バレエのレッスンが可能になったとき
そらもう、なんも考えずにバレエスタジオに飛び込んでました。
私が通っていたスタジオの教師は、
東京バレエ団の創設期に団員だった人で、
佐々木忠次氏と親しかったので、
スタジオが、
NBS財団法人日本舞台芸術振興会が主催する公演の
練習場になってました。
1997年ロイヤルバレエ団の御一行様が
レッスンに集まってました。
教師がレッスン生の私にだけ内緒で、
スケジュールを教えてくれてはりました。
ギエム、その頃の相手役ジョナサン・コープ、
ダーシー・バッセル、ブルース・サンソム、
熊川哲也、佐々木陽平
アンソニー・ダウエル芸術監督他大勢。

50人余りの団員全員がレッスンしている様子は凄かった。
シャッシャッとバレエシューズが床をこする音が響いていた。
熊川は、まだ若かったのか、レッスンに集中してないのが見て取れた。
ジョナサン・コープとギエムの練習は熱心。
特に両足をビアノの椅子に載せての腹筋を何度も繰り替えしていた。
アンソニー・ダウエルが若いダンサーに、
手を繋いで一緒に踊っていたのが印象的だった。
ギエムと熊川とダウエルと少しお話できた。
熊川は煙草するんだわ。ほかの誰もしてないのに。
これにはびつくり。
ダンサーは呼吸が苦しくなるから
煙草はしないと聞いていたのだけれど。

グダグダと続けていても仕方ないので、
マラーホフについて。
マラーホフを最初に観たのは、
初めて日本デビューしたときのTV映像です。

ヌレーエフは既に亡くなってましたかね。
亡くなる前に、50歳誕生日のガラ公演を
フランスでは、ジスカールデスタン大統領夫人主催。
アメリカではレーガン大統領のナンシー夫人主催。
日本は、なんとしたことか、佐川急便の後援(?主催)で全国を廻った。
大阪と金沢で観ました。
シャルル・ジュド、マリ・クロード・ピエトラガラ他を連れていました。
フレーエフのお尻が・・・・あの美しかったお尻が。

ローラン・イレールが、ヌレーエフに少し似ていた。
マラーホフもどこかフレーエフを彷佛させるところがあったような。

篠山 紀信が撮影したマラーホフの肢体と筋肉の美しさを
余すところなく撮影した写真集があります。
これも私の宝物です。
マラーホフの舞台もいろいろ観ました。
なかなか相手役に恵まれないように感じてましたが、
ウィーンを離れてキュートな相手役を見つけていたのを記憶してます。
名前は失念しました。

ウイーンフィルのニューイヤーコンサートにつきましては、
バレエ体験より、もっと前から観ていた記憶があります。
カラヤンが指揮していたのを憶えています。
いつ頃か、ドイツ語と日本語のエンデイングクレジットを見るようになり
バレエの項では、出演ダンサーはウイーン国立バレエ団の
文字が出ています。
振付家はフォーサイスのときもありましたから、
世界の振付家が振付けをしているのだと思います。
今年は、衛星中継をちょん切ったのかクレジットは日本側だけでした。
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by noblesse_oblige7 | 2009-01-04 19:47 | バレエ | Comments(20)